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浦和地方裁判所 昭和28年(ヨ)112号 判決 1954年12月24日

申請人 株式会社清水製作所

被申請人 堀内廉二 外二五名

主文

一、別紙物件目録(ロ)乃至(レ)記載の各建物に対する債務者及び債務者等の占有を解いて、債権者の委任する浦和地方裁判所執行吏にこれが保管を命ずる。執行吏は右各建物の現状を変更しないことを条件として、債権者に、右各建物に対する立入り及び使用を許さなければならない。債務者等は右各建物に立入り、または債権者の右各建物の使用を妨害してはならない。執行吏は、右各趣旨を公示するため適当の方法をとることができる。

二、別紙物件目録(イ)記載の各建物に対する債権者の本件仮処分申請はこれを却下する。

三、申請費用はこれを四分し、その一を債権者の負担、その余を債務者等の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の求めた裁判

債権者代理人は、「別紙物件目録記載の各建物に対する債務者等の占有を解いて、債権者の委任する浦和地方裁判所執行吏の保管に移す。執行吏は債権者の右各建物に対する立入り及び使用を許さなければならない。執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当な処置をとらなければならない」との判決を求め、債務者等代理人は、「債権者の本件仮処分申請はこれを却下する」との判決を求めた。

第二、申請の原因

一、債権者会社は、鉄製品、非鉄金属製品の製作販売等の業務を主たる目的とする株式会社である。

二、債権者会社は、別紙物件目録記載の各建物について賃借権を有する。すなわち、

(1)  別紙物件目録(イ)記載の各建物は、債権者会社が昭和二十三年十二月三日大畑庄一郎より、賃料一ケ月金三千円毎月末日払の約束で賃借したもの(賃料は昭和二十五年七月分以降一ケ月金七千五百円に改訂された)

(2)  同目録(ロ)乃至(ニ)記載の各建物は、債権者会社が右同日清水勇より、賃料一ケ月金二万円、毎月末日払の約束で期間の定めなく賃借したもの

(3)  同目録(ホ)乃至(レ)記載の各建物は、債権者会社が右同日清水ヤヱより、賃料一ケ月金三万円、毎月末日払の約束で、期間の定めなく賃借したもの

であつて、右(1)記載の各建物は債権者会社が工場として、(2)及び(3)記載の各建物は債権者会社が工場、事務所、物置等としてそれぞれ占有使用中のものである。

三、債務者堀内廉二はもと債権者会社の取締役であつたが、昭和二十七年十月二十一日の株主総会の決議により取締役を解任されたものであり、債務者志賀辰治は朝霞金属労働組合の書記長である。債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等は、もと債権者会社の従業員であつたが、債権者会社は、莫大な負債を生じ経営不能のため、昭和二十八年八月三日の取締役会の決議で、同年九月十二日以降工場を閉鎖し、同日付で全従業員を解雇することを決定し、同年八月十一日付書留郵便により、右債務者等に対し、同人等を同年九月十二日付で解雇する旨の解雇予告通知を発し、同書面はいずれもその頃同債務者等に到達したので、同債務者等はいずれも同年九月十二日以降債権者会社の従業員たる地位を喪失した。

四、従つて、債務者等は別紙物件目録記載の各建物に立入りこれを使用する何等の権限がないのであるが、債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等は、債権者会社の従業員たる地位を喪失した昭和二十八年九月十二日以後も債務者堀内及び同志賀の指示の下に、同債務者等と共に、依然として右各建物に立入り、主として債務者堀内の指図に従つて従業を継続している。債権者会社は、工場内の整理及び安全保守のため、取締役清水正康、同清水ヤヱをして、再三債務者等に対し退去の要請をなさしめたが、債務者等はこれに従わずに従業を強行し、債権者会社の賃借権にもとずく右各建物の占有使用を妨害しつつある。

五、よつて、債権者会社は債務者等に対し賃借権にもとずく立入禁止妨害排除及び損害賠償請求の本訴を提起すべく準備中であるが、債権者会社は一刻も早く工場内の現况を整理し、法定の整理手続に入るか又は解散して清算手続に入るかしなければならないのに債務者等の別紙物件目録記載の各建物における従業の状況は、

(1)  債権者会社が工場安全のため、昭和二十八年十月五日東京電力株式会社所沢営業所と電力供給契約の解約手続をとり、配電停止の措置を講じたところ、債務者等は翌六日擅に電線を接続して電力を使用し、

(2)  債権者会社が同年十月五日工場正門、工場裏門、製品倉庫及び変電所建物の入口に有刺鉄線を施し、立入禁止の表示を掲げて債務者等の立入を防止しようとしたところ、債務者等は鉄線を切断して右倉庫等に立入り、

(3)  更に債務者等は債権者会社の設備、資材を使用して採算を無視した操業を行い、製品を擅に処分しつつある。という状況であつて、債権者会社があらゆる手段をつくしてかような妨害を排除しようと試みても効を奏せず、債権者会社は工場閉鎖の実を挙げることができないでいる。しかし、かくては、債権者会社の資産は日に減少し、整理はおろか解散後の清算手続にも支障を来すばかりでなく、更に債権者会社の債権者や従前からの取引先に対する信用をも失墜することになるので(現に債権者会社の重要取引先との取引は断絶状態に瀕している)、債権者会社としてはかかる多大の損害を避けるため、別紙物件目録記載の各建物に対する債務者等の立入り及び使用を禁止し債権者会社においてこれが使用をなすべき緊急の必要が存するのである。よつて、前記の如く裁判を求めるため、本件仮処分申請に及んだ。

第三、債務者等の答弁及び主張

一、債権者主張の事実中、債権者会社が鉄製品、非鉄金属製品の製作販売等の業務を主たる目的とする株式会社であること、債権者会社が別紙物件目録記載の各建物(但し同目録(ハ)記載の建物を除く)をその主張のように工場、事務所、物置等としてそれぞれ占有使用していること、債務者堀内が債権者会社の取締役として在任中昭和二十七年十月二十一日の株主総会において取締役の解任決議を受けたこと(但し決議の効力は争う)、債務者志賀が朝霞金属労働組合の書記長であること、債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等は債権者会社の従業員であるところ、債権者会社より、債権者主張の時期にその主張のような解雇予告通知の送達を受けたこと(但し解雇の効力は争う)、債務者等が昭和二十八年九月十二日以後も別紙物件目録記載の各建物に立入り、債務者志賀を除くその余の債務者等が右各建物において従業を継続していること、債務者等が債権者会社の取締役清水正康、同清水ヤヱより退去の要請を受けたがこれを拒絶したこと、債権者会社が昭和二十八年十月五日東京電力株式会社所沢営業所と電力供給契約の解約手続をとつたこと及び債権者会社が右同日工場正門、工場裏門、製品倉庫及び変電所建物の入口に有刺鉄線を施し、債務者等の中のある者がこれを切断したこと(但しその不法性は争う)は認めるが、債権者会社が別紙物件目録(ロ)乃至(レ)(但し(ハ)を除く)記載の各建物をその主張のように清水勇及び清水ヤヱより賃借したこと及び債権者会社が昭和二十八年八月三日の取締役会の決議で、同年九月十二日以降工場を閉鎖し、同日付で全従業員を解雇することを決定したことは知らない。その余の事実はすべて否認する。別紙物件目録(ハ)記載の建物(変電室)は焼失して現存しない。また、債務者堀内に対する取締役解任決議は無効であり(同債務者は浦和地方裁判所に右決議無効確認の訴を提起し、敗訴したが、現在控訴中である)、債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等に対してなされた解雇も後記の如く無効である。なお、債務者等の中のある者が有刺鉄線を切断したのは、債権者会社が債務者等の作業中有刺鉄線を張りめぐらして債務者等を不法監禁したことに対する正当防衛としてなしたものであつて、不法な行為ではない。

二、仮りに債権者会社が別紙物件目録(イ)記載の各建物をその主張のように大畑庄一郎より賃借したものであるとしても、債権者会社は昭和二十八年九月二十三日右大畑より賃料不払を理由として賃貸借を解除せられたので、現在右各建物に対して賃借権を有しない。

三、債務者等の立入り権限

債務者堀内及び同志賀は、朝霞金属労働組合と債権者会社間の後記協定にもとずき、それぞれ実行委員として(なお別に、債務者堀内は債権者会社の取締役、債務者志賀は朝霞金属労働組合の書記長として)、別紙物件目録(但し(ハ)を除く)記載の各建物に立入つているものであり、その余の債務者等は、債権者会社の従業員として、実行委員たる右債務者等の指示に従つて、右各建物に立入り従業しているものである。従つて、右各建物に対する債務者等の立入りは、債権者の主張するように、債権者会社の占有の妨害をなすものではない。すなわち、

(一)  債権者会社の従業員等を以て構成する朝霞金属労働組合は、昭和二十六年十一月二十四日、債権者会社との間に、同日以降債権者会社の事業の執行は、会社側代表二名、組合側代表二名計四名の実行委員からなる実行委員会に委任してこれを行うことを協定し、同日右実行委員として、堀内廉二、清水正康(以上会社側)、志賀辰治、中条正平(以上組合側)の四名が選出された。その後、債権者会社の業務の一切は右実行委員会によつて運営されて居り、債務者堀内及び同志賀はいずれも現に右実行委員であるから、その資格において、当然前記各建物に立入る権限がある。なお、債務者堀内は債権者会社の取締役として業務の執行をなすべき地位にあり、債務者志賀は朝霞金属労働組合の書記長として債権者会社より工場への立入りを承認されているものであるから、同債務者等は、これらの資格においても、当然右各建物に立入る権限を有している。

(二)  債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等は、債権者会社の従業員であるから、従業員たる地位にもとずいて、当然右各建物に立入り就労する権利がある。もつとも、同債務者等は債権者会社から昭和二十八年八月十一日付書面で解雇予告通知の送達を受けたが、この解雇は、次の理由で無効であり、同債務者等は債権者会社の従業員たる地位を喪失していない。

(1) 朝霞金属労働組合と債権者会社間の前記協定は債権者会社が労務の運営の一切を実行委員会に委任することを内容としたものであつて、その趣旨からすれば、債権者会社は特別の事情のない限り実行委員の意思を無視して工場閉鎖、従業員の解雇等をなし得ないものと解せられる。ところで、右解雇は債権者会社が実行委員の意思を無視して擅に行つたものであるが、右協定は右組合と債権者会社間の労働協約であり、個々の労働条件について具体的に規定したものでないとしても、「労働条件その他労働者の待遇に関する基準」の根元に関して定めたものとして規範的効力を有するものであるから、この協定に違反してなされた右解雇は無効である。

(2) 右協定が規範的効力を有しないとしても、少くとも債務的効力を有し、債権者会社がいわゆる実行義務を負うことは言を俟たないところであつて、労働者の待遇に関する重要事項にかかわりのある制度的な事項を定めた右協定に違反する右解雇は無効である。

(3) 右の理由がないとしても、右解雇は権利の濫用であつて無効である。すなわち、債権者会社は放漫な経営のため昭和二十四年頃より営業不振に陥り賃金の支払を遅滞するようになり同二十六年には未払賃金総額二百万円に達し、ついに賃金支払要求のための労働争議が起るに至つたが、当時、債権者会社は代表取締役清水勇が脳溢血で病臥し、自ら経営者たらんとの野望をもつ元共産党員藤野及び同人に躍らされる清水正康(右勇の長男)が会社内部を攪乱し、他方外部の債権者からは数十万円に及ぶ債務の履行を迫られるという状況にあつたので、かかる内憂外患を克服すべく労使協議の結果、組合側は未払賃金の支払要求を棚上げし会社の経営に参加することにして争議を終結し、同年十一月二十四日債権者会社がその事業の執行を実行委員会に委任するという前記協定が締結されたのである。しかるに、翌二十七年四月三日債権者会社代表取締役清水勇が死亡するや偏狭なる未亡人ヤヱ(取締役)は債権者会社が従業員に強奪されたものと邪推し、長男正康(取締役)も実行委員でありながら独り離反し、得意先に悪宣伝をして廻るという有様で、債権者会社は全く右協定を無視する状況であつたが、債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等は、実行委員たる債務者堀内及び同志賀の指揮の下に、鋭意生産の再建に努力し、辛うじて今日まで、少くとも賃金の支払をほゞ完了する程度の業績を以て事業を継続して来ている。かくの如く、債務者等はその努力により死の工場に生の息吹きを与え、会社の財産を増加して来たのであるから、債権者会社が債務者等の右努力に一顧も与えず、殊に未払賃金や退職金の支給もせずに、一方的に工場閉鎖、従業員の解雇等を行うのは、忘恩的、悖徳的行為たるも甚しく権利の濫用であるといわなければならない。

(4) また、朝霞金属労働組合は、前記協定と別に、朝霞地方金属工業会(債権者会社加入)との間に労働協約を締結して居り同協約においては、「事業主が従業員を解雇するときは右組合の承認を要する」、「人事に関する重大な事項については労資協議会で審議されなければならない」等と定められている。しかるに、前記解雇は右協約に定める手続を経ないでなされたものであるから、この点からしても、右解雇は無効である。

第四、債務者等の右主張に対する債権者の主張

一、別紙物件目録(イ)記載の各建物に対する賃貸借が昭和二十八年九月二十三日解除されたという債務者等の主張は、否認する。

二、債務者等の立入り権限について

(一)  債権者会社が昭和二十六年十一月二十四日朝霞金属労働組合との間に、同日以降債権者会社の事業の執行は、会社側代表二名組合側代表二名計四名の実行委員からなる実行委員会に委任してこれを行うことを協定したこと及び同日右実行委員として堀内廉二、清水正康(以上会社側)、志賀辰治、中条正平(以上組合側)の四名が選出されたことは認める。しかしこの協定は債権者会社と右組合とが、債権者会社の健全な運営を目的として、従来の紛争を中止し、互譲協調の精神に基き会社側と組合側の利益を調整しながら誠意を以て会社の再興に努力することを取極めたもので、法律的には一の債権契約にすぎないものであるから若し当事者の一方が専ら自己の利益のみに固執し相手方の立場を無視するような態度をとるときは、右協定の本旨は根本から無視されたこととなり、当事者は何時でも一方的に同協定の解約をなし得るものというべきである。ところで、右協定成立の翌日たる十一月二十五日、組合側は会社側実行委員清水正康の主張を無視し、実行委員会に諮ることなく、会社所有の材料、スクラップを四十六万円にて業者に売却し売得金を賃金支払に充てたほか、会社側が非組合員の就業を実行委員会の協議に諮ろうとしても、組合側実行委員志賀辰治、中条正平及び会社側実行委員の一人である堀内廉二は頑としてこれを拒否し(堀内廉二は当時取締役の地位にあり、会社側代表として実行委員に選出されたのに拘わらず、組合と行動を共にし、事実上は組合側の一方的且つ極端な利益主張者である)、全く実行委員の名を藉りて組合の利益の不当な伸張のみを計る態度を示し、右協定は組合側の責に帰すべき事由により履行不能の状態に陥つたので、債権者会社代表取締役清水勇及び取締役兼実行委員清水正康は、同年十二月一日から四日までの間、実行委員堀内廉二、同志賀辰治、同中条正平及び朝霞金属労働組合長二見照夫に対し、口頭で、右履行不能を理由に右協定を解除する旨の意思表示をしたので、これによつて右協定は終了し実行委員会は消滅した。従つて債務者堀内及び同志賀が実行委員として別紙目録記載の各建物に立入る権限があるという債務者等の主張は失当である。また、債務者等は債務者堀内に対する昭和二十七年十月二十一日の取締役解任決議が無効であると主張するが仮りに右決議が無効であるとしても、債権者会社は浦和地方裁判所昭和二十八年(ヒ)第一号株主総会招集許可申請事件に対する同裁判所の同年二月二十五日の許可決定にもとずき、同年四月八日臨時株主総会を招集して森博を取締役に選任し、同月十六日取締役会において同人を代表取締役と定めた後、同年五月二日開催の臨時株主総会において債務者堀内の解任を再確認したものであるから、同債務者が現に債権者会社の取締役でないことは明白であるといわなければならない。

(二)  債務者等は債権者会社のなした解雇は無効であると主張する。しかし、

(1) 債務者等は右解雇は協定違反であると主張するが、債権者会社と朝霞金属労働組合間の協定は前記のように既に昭和二十六年十二月一日から四日までの間に終了しているから、右解雇について協定違反の問題を生ずる余地はない。仮りに、右協定が現在なお存続しているとしても、右協定は単に会社の経常的業務の運営を実行委員会に委任する趣旨にすぎないもので、右解雇の如く会社が経営不能に陥り解散か整理に至るべき前提として従業員全員を解雇するという如きことは、もともと経営権の範囲に属し、右委任の範囲内に属しないことは明らかである。

(2) 債務者等は右解雇は権利の濫用であると主張するが、債権者会社は昭和二十三年十二月三日設立後二年間はスプリングワツシヤー等の製品について地方業界に堅い地歩を占め、相当の業績を挙げていたものであつて、その後営業の不振を来したのは一般業界の不振や労働争議の影響を受けたがためである。殊に、債権者会社の営業不振に決定的な原因を与えたのは昭和二十六年夏の組合側の労働争議であつて、爾来会社の業務は停滞し同年末には、会社が製品受渡契約に基いて受取つた前渡金の返還債務や、資材部品等の支払債務の合計約六百万円の債務のため会社工場の機械一切の所有権を代物弁済として他の会社に移転したほか、諸方面に莫大な負債を生じ、ついに経営不能の状態に陥り、昭和二十八年八月三日の取締役会の決議で工場の閉鎖と全従業員の解雇を決定せざるを得なくなつたのである。債務者等は債権者会社が協定を無視したと主張するが、右協定は前記のように組合側の責に帰すべき事由により既に昭和二十六年十二月初旬に終了したのであつて、債務者等はその後も会社を私物の如く擅に運営し、自己の営利生計の資に供しているにすぎない。しかも債務者等の経営の実情たるや、経営は放漫で公租公課に甚しい滞納を生じている外、債務も増加して居り、会社財産の増加等は全く見るべくもない。また、債務者等は会社の財政状態を無視して不当な昇給や不当賃金の支払を行つて居り、会社側の経理状況、賃金支払状況等の報告の要求に対しても、全然応じようとしない。かような事情であるから、債権者会社のなした解雇は何等権利の濫用ではない。

(3) 労働協約違反の主張については、朝霞地方金属工業会と朝霞金属労働組合間に労働協約が締結されて居り、同協約には債務者等主張のような条項が存すること及び右工業会に債権者会社も加入していたことは認める。しかし、債権者会社は昭和二十七年十一月十八日付を以て右工業会に脱退届を提出し更に翌二十八年五月十六日にも念のため同会宛てに脱退届を提出したので、債権者会社は前記解雇をした当時右協約には何等の関係を有しない。仮りに、債権者会社が右解雇をした当時右協約の適用を受くべき地位にあつたとしても、右解雇は会社が経営不能に陥り解散か整理に至るべきことを前提として全従業員の解雇をしたものであつて、かかる事項は経営権の範囲に属し、組合の承認又は労使協議会の審議を経るを要しないものというべきである。

第五、債権者の右主張に対する債務者等の主張

一、朝霞金属労働組合と債権者会社間の協定が組合側の責に帰すべき事由によつて履行不能となつたという事実及び債権者会社が右協定の解除の意思表示をした事実は否認する。仮りに、右解除の意思表示があつたとしても、右協約は当事者の一方的意思表示により解除し得ないものであるから、右意思表示はその効力がない。

二、債権者会社が朝霞地方金属工業会を脱退した事実は否認する。

第六、疎明<省略>

理由

第一、争のない事実

債権者会社が鉄製品、非鉄金属製品の製作販売等の業務を主たる目的とする株式会社であること、債務者堀内が債権者会社の取締役として在任中昭和二十七年十月二十一日の株主総会において取締役の解任決議を受けたこと、債務者志賀が朝霞金属労働組合の書記長であること、債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等が債権者会社の従業員であるところ、債権者会社が昭和二十八年八月十一日付書留郵便により、同債務者等に対し、同人等を同年九月十二日付で解雇する旨の解雇予告通知を発し、同書面がいずれもその頃同債務者等に到達したこと、債権者会社が別紙物件目録記載の各建物(但し同目録(ハ)記載の建物を除く)を債権者主張のように工場、事務所、物置等としてそれぞれ占有使用していること及び債務者等が昭和二十八年九月十二日以後も右各建物に立入り、債務者志賀を除くその余の債務者等が右各建物において従業を継続していることは当事者間に争がない。

第二、賃借権の有無

一、証人清水正康の証言によれば、債権者会社が昭和二十三年十二月三日別紙物件目録(イ)記載の各建物を大畑庄一郎より期間の定めなく賃借した事実が一応認められるが、成立に争のない乙第六号証の一、同号証の四、証人清水正康の証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば、債権者会社は昭和二十六年十一月頃以降賃料の支払をしなかつたため、同二十八年九月二十三日右大畑より右賃貸借を解除された事実が疎明されるから、債権者会社は右各建物について賃借権を有しないものと認められる。

二、次に、証人清水正康の証言によれば、債権者会社が昭和二十三年十二月三日別紙物件目録(ロ)乃至(ニ)記載の各建物を清水勇より、同目録(ホ)乃至(レ)記載の各建物を清水ヤヱよりそれぞれ賃借したこと及び同二十七年四月三日右清水勇が死亡し、清水ヤヱ、同正康、同広康、同美知及び同由紀江の五名が相続により右目録(ロ)乃至(ニ)記載の各建物の賃貸借における賃貸人の地位を承継したことが一応認められるから、債権者会社は現在右各建物について賃借権を有するものと認められる。なお債務者等は別紙物件目録(ハ)記載の建物(変電室)は焼失して現存しないと主張するが、成立に争のない甲第八号証(右建物の写真であることに争のない同号証添付の別紙(三)を含む)によれば、右建物は火災には遭つたがなお外壁を存し、債務者等の占有内にあることが疎明されるから、右主張は理由がない。

第三、債務者等の立入り権限について

一、債務者等は、債務者堀内及び同志賀は実行委員として、また債務者堀内は債権者会社の取締役、債務者志賀は朝霞金属労働組合の書記長として、それぞれ別紙物件目録(ロ)乃至(レ)記載の各建物に立入る権限があると主張する。

(1)  先ず右債務者等が実行委員であるとの主張について考えると、債権者会社が昭和二十六年十一月二十四日債権者会社の従業員等を以て構成する朝霞金属労働組合との間に、同日以降債権者会社の事業の執行は、会社側代表二名、組合側代表二名計四名の実行委員からなる実行委員会に委任してこれを行うことを協定し、同日右実行委員として、堀内廉二、清水正康(以上会社側)、志賀辰治、中条正平(以上組合側)の四名が選出されたことは当事者間に争がないところで、証人尾崎陞、寺沢龍而、清水正康の各証言を綜合すれば、債権者会社が右協定をなすに至つたのは、債権者会社は昭和二十五年頃より業務不振のため賃金支払を遅滞するようになり、翌二十六年夏には工員約八名を解雇したため組合との間に紛争を生じ、組合側は工場正門等にピケットラインを張つて非組合員の入場を拒否し、生産管理をなすに至つたが、生産管理の実績が上らなかつたことと労使間の紛争が激烈化したことのため、同年十一月二十四日債権者会社の債権者である日商株式会社の代理人である尾崎陞の斡旋にもとずき、労使ともに紛争を中止し、速やかに会社の再建計画を樹てることとし、なお右計画樹立までの間労使協調して会社の経営に努力するため暫定的措置として実行委員会を設置することとして右協定を締結したものであることが一応認められるのであつて、この事実に成立に争のない乙第一号証の記載、殊に同号証(右協定)が何等協定の有効期間を定めていない事実を考え併せれば、右協定は債権者会社と朝霞金属労働組合が右認定の如き趣旨に基き一先ず現在の紛争を中止するとともに会社の再建計画が樹立されるまでの間会社の経常的業務の執行を労使双方の代表者よりなる実行委員会に委ねることを合意した債権契約としての効力を有するにとゞまるものと解すべきであるが証人寺沢龍而、清水正康の各証言を綜合すれば、右協定成立後、債権者会社が組合側に対し非組合員を工場に入場せしめるよう再三要求したところ、組合側はこれを拒否し、依然として組合員のみで従業が行われる状況であつたこと(債権者会社は、この外、組合側は会社側実行委員清水正康の主張を無視し、実行委員会に諮ることなく、会社所有の材料、スクラップを四十六万円にて業者に売却し、売得金を賃金支払に充てた旨主張するが、この点については十分な疎明がない)及び債権者会社が組合側の右協定不履行によつて協定の目的が達せられなくなつたものとして、昭和二十六年十二月初朝霞金属労働組合に対し口頭で右協定不履行を理由に右協定を解除する旨の意思表示をした事実が一応認められる。而して、非組合員を組合員同様に就業せしめることは、右協定成立に関する前認定の如き経緯からみて、右協定における組合側の基本的義務と解せられ、これが不履行は協定成立の意義を大半失わしめるに至るものと考えられるので、右解除は有効でこれにより実行委員会は消滅し、債務者堀内及び同志賀等は実行委員たる地位を喪失したものといわなければならない。もつとも、清水正康名下の印影が同人の印影であること(これは当事者間に争がない。)から一応真正に成立したものと推認される乙第七号証には昭和二十七年二月四日の実行委員会協議決定事項が記載されてあり、証人志賀辰治の証言により一応真正に成立したものと認められる乙第九号証(同号証の清水勇及び清水正康名下の各印影がいずれも同人等の印影であることは当事者間に争がない)及び成立に争のない乙第十号証によれば、債権者会社の取締役清水正康が自ら実行委員の肩書を用い、また債権者会社の代表取締役清水勇の妻ヤヱが中条正平に実行委員の肩書を冠している事実が一応認められるが、実行委員会は右認定のように昭和二十六年十二月初に消滅したものであるから、右の各書証の記載は、後記の如く実行委員会消滅後も事実上実行委員会の名称で組合側が会社の業務を運営していたので清水正康及び同ヤヱがその事実を事実として認めていたことを物語るものにすぎず、協定の終了に関する右認定の妨げとなるものではない。(実行委員会消滅後も組合員が実行委員会の名称で会社の業務を運営していたことは証人清水正康の証言及び弁論の全趣旨に徴し一応認めることができる。なお、債権者会社代表者森博は債権者会社と朝霞金属労働組合間の前記協定は昭和二十七年四月三日失効した旨述べているがこれは同人の供述によれば、右組合代表者二見照夫が同日以降業務管理を行う旨朝霞地方労資協議会宛て申入れた事実に基いて述べたもので、特に右協定の前記解除の事実を否認する趣旨のものではないと認められる。)従つて、債務者堀内及び同志賀が実行委員として前記各建物に立入る権限があるという債務者等の主張は、理由がない。

(2)  次に債務者等は債務者堀内は債権者会社の取締役であり、昭和二十七年十月二十一日の株主総会で同債務者に対してなされた取締役の解任決議は無効であると主張するが、右決議が無効であることについては疎明がなく、却つて成立に争のない甲第十七号証によれば同債務者は現在債権者会社の取締役の地位にない事実が一応認められる。また、債務者等は債務者志賀は朝霞金属労働組合の書記長として前記各建物への立入りを承認されていると主張するが、同債務者がその余の債務者等と共に昭和二十八年九月十二日以後債権者会社から右各建物よりの退去の要請を受けたことは当事者間に争がない。従つて、債務者堀内及び同志賀の右の各資格における立入り権限も認め得ないものといわなければならない。

二、債務者等は、債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等は債権者会社の従業員として当然右各建物に立入り就労する権利があるもので、同債務者等に対してなされた解雇予告通知は無効であると主張する。しかし、仮りに右解雇が無効で右債務者等が債権者会社の従業員たる地位を保有するものとしても、債務者等は会社に対しいわゆる就労請求権を有していないのであつて、会社の意思に反し自力を以て工場、事務所等に立入る権限がないと解すべきところ、右解雇予告通知後債権者会社が右債務者に対し右各建物よりの退去を要請したことは当事者間に争がないから、解雇の効力如何にかかわりなく、右債務者等は右各建物に立入る権限を有しないものというべきである。

三、従つて、債務者等はいずれも右各建物に立入る権限を有しないのであるが、債権者会社代表者森博の尋問の結果に徴すれば、債務者等は債権者会社の立入禁止の要求に従わずに右各建物に立入り、実力を以て従業を強行し債権者会社の右各建物の使用を殆んど不可能ならしめている事実が一応認められるから、債権者会社は右各建物(別紙物件目録(ロ)乃至(レ)記載の各建物)につき債務者等に対し、賃借権にもとずく妨害排除請求権を有するものといわなければならない。

第四、仮処分の必要性

原本の存在及び成立について争のない甲第四号証、第十三号証成立に争のない甲第八号証、証人寺沢龍而、清水正康の各証言並びに債権者会社代表者森博尋問の結果を綜合すれば、債権者会社は多大の負債を生じ経営が極めて困難になつたため取締役会の決議で昭和二十八年九月十二日以降工場を閉鎖し、同日付で全従業員を解雇することを決定し、債務者堀内及び同志賀を除くその余の債務者等に解雇予告通知を発し、同年九月十二日以後は工場閉鎖の実を挙げるべく屡々債務者等に工場よりの退去を要請したが、債務者等はこの要請に従わず工場を占拠して従業を強行しているので、債権者会社は工場閉鎖の目的を達成できないでいること、債務者等の右工場占拠は既に昭和二十六年夏の生産管理当時より継続し、同年十一月二十四日より同年十二月初めまでの実行委員会存置中も事実上組合側のみ工場に立入つて非組合員の入場を拒否し、殊に同二十七年四月四日以後は債権者等の所属する朝霞金属労働組合による業務管理の段階に入り、債務者等は会社役員の工場立入りも拒否し、右組合のみによつて一切の操業(生産、製品の販売従業員に対する賃金の支払、取引先への代金の支払等)を行つて来たこと並びに債権者会社は一刻も早く工場内の現況を整理して清算手続に入るか経営再建に進むかしなければならないが、債務者等が工場を占拠しているため工場の適切な管理をなし得ず工場の安全保持上も、また取引先への信用上も、右工場を使用する緊急の必要があることの各事実が一応認められ、これらの事実によれば、債権者会社は別紙物件目録(ロ)乃至(レ)記載の各建物に立入ることができないことによつて現に著しい損害を蒙りつつあるものと認められるから、債権者会社は右各建物について、仮の地位を定める仮処分として、債務者等の立入りを禁止し、債権者会社においてこれを使用することの裁判を求める必要があるものということができる。

第五、結論

以上の通りであるから

一、別紙物件目録(ロ)乃至(レ)記載の各建物についての本件仮処分申請はその理由があるからこれを認容し、この点について主文第一項の通り裁判する。

二、同目録(イ)記載の各建物については、前記の如く債権者会社が現に賃借権を有することの疎明がないから、結局被保全債権についての疎明がないのに帰し、しかもこの点の疎明を保証を以て補わしめることも相当でないと考えるので、右各建物に対する債権者の本件仮処分申請は失当として却下すべきである。よつて申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、第九十五条を適用して、主文第二項及び第三項の通り裁判する。

(裁判官 大中俊夫 大内恒夫 山田直大)

(別紙目録省略)

【(70)参考資料(一)】

仮処分申請事件

(浦和地方昭和二八年(ヨ)第一七一号昭和二八年一〇月七日決定)

申請人 朝霞金属労働組合

被申請人 株式会社清水製作所

主文

本件申請を却下する。

理由

債権者は、申請の趣旨として「債権者が債務者に対して提起すべき債務者が東京電力株式会社に対して電力需給契約の申込の意思表示を求める本案訴訟の判決あるに至るまで、仮りに債務者は東京電力株式会社に対して、債務者と東京電力株式会社間の昭和二十七年四月二十五日付埼玉(27)第八八号による電気需給契約と同一内容の電力需給契約の申込をなし、且つ右申込によつて成立する右電力需給契約の解約をしてはならない」との仮処分決定を求め、その理由とするところの要旨は、

一、債権者組合は債務者会社の従業員をもつて組織する債権者組合第二分会外朝霞地区十二の分会から成る労働組合法による法人の登記を経た労働組合であるところ、

二、債務者会社は昭和二十四年頃から放漫な経営方針に災されて営業不振に陥いり、その経営が殆んど不能に瀕したので、昭和二十六年十一月二十四日債務者会社側の当時の社長清水勇と債権者組合側の組合長二見照夫との間に、爾今債権者会社の運営は労資各二名宛の代表から成る実行委員会によつて執行することの協定がなり、各代表も選ばれて、爾来今日に至るまで労資一体となつて債務者会社の運営をしてきた。

三、ところが債務者会社では昭和二十七年四月三日前社長清水勇死亡し、嗣子清水正康そのあとをつぐや、同人は自ら実行委員会の一員であるに拘らず、これに離反して策動を始め、右実行委員会による債務者会社の業務運営を妨害するため何等の理由もないのに昭和二十八年九月十二日突如工場閉鎖を宣言し、さらに東京電力株式会社に対して同社との間の電力需給契約(申請の趣旨のとおり)を解約する旨の申込をし、同社をして止むなく送電停止の措置をとらざるを得なくした。

四、かくては、前記の労資間の協定の約旨に反し、且つ債務者会社は全く無資産であるから債権者組合の組合員は総計四百万円に達する未払賃金の支払を終局的にうけることができない結果になつてしまうので債権者は前記協定に基く履行として、債務者に対して申請の趣旨記載の本案訴訟を提起する準備中であるが、本案判決の確定をまつことができない急迫な事情があるから本件仮処分申請に及んだ、というのである。

疎明として、

一、電気需給契約更新並名儀変更の件(疎甲第一号証)

一、借用証(疎甲第二号証)

一、協定書(疎甲第三号証)

一、電気需給契約書(疎甲第四号証)

一、追加契約書(疎甲第五号証)

一、異議の申立書(疎甲第六号証)

一、電力需要契約終了の件(疎甲第七号証)

一、資金調査表(疎甲第八号証)

を提出した。

よつて考えるのに、本件仮処分申請の理由は債務者会社が東京電力株式会社との間に電力需給契約を結ぶ債務を、債権者組合に対して負担することを前提とするものであるところ、債権者の疎明によつては債務者会社が債権者組合に対してかかる債務を負担することを認めることができないばかりか、かりにその疎明を得たとしても債務者会社がその債務に違反した場合は、債権者組合としては他の方法によつて救済を与えられることは格別として、債務者会社に対して右の債務の履行として契約の申込の意思表示に代る裁判を求めることはできないといわなければならない。そこでさような意思表示に代る裁判を求めることを本案訴訟とする本件仮処分申請は既にこの点で理由がないから、これを却下すべきものである。よつて主文のとおり決定する。

(浦和地方――裁判官 岡岩雄)

【(70)参考資料(二)】

仮処分抗告事件

(東京高等昭和二八年(ラ)第四四二号昭和二八年一二月一〇日決定)

抗告人(申請人) 朝霞金属労働組合

相手方(被申請人) 株式会社清水製作所

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨並びに抗告の理由は末尾添附のとおりである。

按ずるに、相手方が東京電力株式会社に対し、電力需給契約申込の意思表示をなすべき債務を抗告人に対し負担している場合において、相手方が右債務の履行をなさないときは、抗告人は相手方に対し、右意思表示をなすべき旨の本案訴訟を提起することをうべく、従つてこれが保全の必要ある場合においては仮処分申請をなすことができるものと解すべきであるが、抗告人提出の疎第三号証によれば、相手方会社と抗告人組合との間に昭和二六年一一月二四日爾今相手方会社の事業の運営は労資各二名宛の代表者から成る実行委員会によつて執行する旨の協定が成立したことが認められるけれども、これをもつて相手方が抗告人に対し、東京電力株式会社に対する電力需給契約の申込をなすべき債務を負担したものと認めることができないし、その他の疎明によつてもいまだ右債務負担の事実を認めるに足りない。

しからば抗告人の本件仮処分申請はこれを許容するを得ないから、これを却下すべく、これと同趣旨の原決定は相当で本件抗告は理由がないから、これを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(東京高等第九民事部――裁判官 角村克己、菊池庚子三、吉田豊)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

抗告人が相手方に対して提起すべき相手方が東京電力株式会社に対して、電力需給契約の申込の意思表示を求める本案訴訟の判決あるまで、仮に相手方は東京電力株式会社に対して、相手方と東京電力株式会社との間の昭和二十七年四月二五日付埼玉(27)第八八号電気需給契約と同一内容の電気需給契約の申込をなし、かつ右申込によつて成立する電気需給契約を解約してはならない。

抗告の理由

原決定は「本件仮処分申請の理由は、債務者会社(相手方)が東京電力株式会社との間に電気需給契約を結ぶ債務を債権者組合(抗告人)に対して負担することを前提とするものであるところ、債権者の疎明によつては債務者会社が債権者組合に対してかかる債務を負担することを認めることができないばかりか、かりにその疎明を得たとしても債務者会社がその債務に違反した場合は債権者組合としては他の方法によつて救済を与えられることは格別として、債務者会社に対して右の債務の履行として契約の申込の意思表示に代る裁判を求めることはできない」という理由で、抗告人の仮処分申請を却下した。

しかしながら、抗告人から提出した疎甲第三号証の協定書によれば、相手方会社が、抗告人に対して労資間の代表者をもつて組織する実行委員会によつて、同会社の業務一切を運営することを協約したものであつて、その決定によらずして工場閉鎖やそれに随伴する工場用電力需給契約の解約などの行為をすることができない債務を負うものであることは、十分に疎明されると信ずる。のみならず、原決定はその疎明力の問題よりも、むしろその疎明ありとしても、債務不履行の場合には、損害賠償を求めるは格別直接債務の履行を確保する仮処分は許されないという論拠に立つているもののごとくである。これは正当ではない。履行不能の場合における債務の不履行であれば、その履行を実現するような仮の地位を定める仮処分のできないことはいうまでもない。しかし履行可能であるかぎり、その履行を求めることは正当であつて、工場閉鎖取消のごときがこれに属することはいうまでもない。ある建物の占有者と同人からその一室を賃借している同居人との間において、同居人は占有者が、占有者の名において電力会社から供給を受けている電気の一部を使用する権利があるわけであるが、占有者が電気の需給契約を解約したとすれば、その同居人は直接電力会社との間に何らの債権債務がなくとも係争債権が公益事業たる性質上直接電力会社に対して占有者の名において電気供給を求めうべきものであることもいうまでもない。原決定は、ひとしく債権債務といつても、市民法の原理にのみ囚われ、社会法の法理を無視したか、もしくは労働協約の規範的効力と債務的効力との区別論から発して抗告人の主張が相手方において約した電気需給契約を解約した行為の無効を主張しているものと誤解したものではないかと思われる。いずれにしても、原決定は以上の理由によつて失当であるから、その取消を求めるため本抗告に及んだ。

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